新時代を担う日中友好の架け橋に

日中国交正常化50周年記念コラム 第15回(武田勝年)

日本と中国の国交が正常化されてから50周年となる本年、日中友好会館ではホームページとメールマガジンで「日中国交正常化50周年記念コラム」を連載いたします。

日中交流に長く携わった方や、日中友好会館の各事業に参加された幅広い世代の方に、日本と中国に関わりのある事柄、随筆、これまでの日中交流のエピソードや、これからの日本と中国に向けての期待・希望などメッセージを執筆いただき、一年にわたって連載します。また、日中民間交流の拠点として貢献する日中友好会館の取り組みなども合わせてご紹介します。

日本と中国のこれまでの歩みを振り返りながら、新しい友好関係の構築に向けたプラットフォーム作りの一助となれば幸いです。

 

友情と信頼

公益財団法人日中友好会館 顧問 武田勝年

 

神奈川県聖火リレー
スタッフTシャツを着て

 1972年国交正常化、1978年日中平和友好条約調印。当時の日本は中国熱に沸いていた。1980年代は、経済交流が進展し日本は中国の経済復興への協力を惜しまなかった。

 ところが、2010年に中国GDPが日本を超えて世界第二位になった頃から、中国の対外姿勢が大きく変化し、尖閣問題もあって日本国民の親中感は急速に低下、特に最近は中国の人権問題、海洋進出、権威主義、言論抑圧などに対する懸念が高まり、中国に対する批判的な言説が多くなっている。

 しかしながら、私は日中関係の将来について楽観的だ。両国は経済的に緊密な相互依存関係にあり、政治的にも日本は米中の仲立ち役となることが求められているからである。両国のリーダーは、この大局的構造に基づいて両国の良好な関係構築に努めるであろうと信じている。

 それ以上に大切なのは、両国国民の草の根レベルでの友情と信頼が更に深まることである。私は、計16年間の中国駐在を含め30年以上、中国の友人と楽しくお付き合いできたことを誇りに思っている。中国の多くの友人に教えられ、助けられて仕事をしてきた。彼らの迅速な意思決定、戦略的な思考、果敢な行動力、柔軟な対応などには何時も感銘を受けていた。これからも彼らから謙虚に学び、友情と信頼を深める努力を続けたい。

 因みに私の長女は1972年、長男は1978年生まれだ。偶然とは言え今日の日中関係の出発点と重なっていることが嬉しい。

 

【日中国交正常化50周年記念コラム アーカイブ】