新時代を担う日中友好の架け橋に

日中国交正常化50周年記念コラム 第34回(鄭祥林)

 日本と中国の国交が正常化されてから50周年となる本年、日中友好会館ではホームページとメールマガジンで「日中国交正常化50周年記念コラム」を連載いたします。

 日中交流に長く携わった方や、日中友好会館の各事業に参加された幅広い世代の方に、日本と中国に関わりのある事柄、随筆、これまでの日中交流のエピソードや、これからの日本と中国に向けての期待・希望などメッセージを執筆いただき、一年にわたって連載します。また、日中民間交流の拠点として貢献する日中友好会館の取り組みなども合わせてご紹介します。

 日本と中国のこれまでの歩みを振り返りながら、新しい友好関係の構築に向けたプラットフォーム作りの一助となれば幸いです。

 

異は残るが、同を求めよう

公益財団法人日中友好会館 前中国代表理事 鄭祥林

 50年前、私はまだ大学で日本語を勉強していましたが、両国の関係の正常化に追いつくように、卒業一年後は東京で勤務することとなり、順風満帆でした。 40年余りにわたる外交官としてのキャリア、5回にわたる日本での駐在(日中友好会館で過ごした5年を含む)等々。国交正常化から半世紀を経るということは、私にとって感慨深いものがあります。ここで、2つの素晴らしい思い出を記したいと思います。

 

 1975年、最初の駐在は20代前半でした。1978年秋、鄧小平(当時の副総理)とその夫人が訪日したときのことです。日本政府は彼らを手厚くもてなし、迎賓館での歓迎式典を開催し、私もこの壮大な光景を目の当たりにする機会を得ました。鄧小平の訪日期間中の東京赤坂にある議長公邸での平和友好条約批准書の交換式、二国間関係の最もデリケートな問題への記者会見での対応、新幹線乗車体験への感想、そして企業訪問等々、それぞれの場面を今でもはっきりと思い出すことができます。そして「今回の訪問は歴史的に意味を持つものであり、両国関係の新たな1ページをめくるという意味だけではない。中国の改革と発展の新章を切り拓く出来事である」と深く考えさせられたのでした。

 

 1992年秋、日本の天皇皇后両陛下が歴史上初めて中国を訪問しました。当時、私は北京勤務で、直接関係レセプションに携わっていました。中日双方の取り決めにより、北京から西安、上海を訪問することとなりましたが、当時、日本では特別な政府専用機を所有していませんでした。そのため、JALが全行程にわたる中国国内の飛行任務を引き受けたのです。私もJALの航空機に乗り、西安から上海まで随行する機会を得ました。当時、JALの中国総代表であった荒井克之先生がお力を貸してくださったこともあり、私たちは良い友人となりました(後に縁あって日中友好会館で共に楽しく働くこととなる)。天皇皇后両陛下は、北京では歓迎宴会、紫禁城と万里の長城の観光。古都西安では、碑林や秦の兵馬俑坑を見学。上海では、到着時に温かい歓迎を受け、そして南浦大橋を渡って浦東にある農家までも訪問しました。私はこの歴史的な現場にいて、今回の訪問が円滑かつ成功裏に終わったことを感じました。そして天皇皇后両陛下の中国訪問により、その後の二国間関係が継続的な発展ステージへとさらに深まることとなるという現実を目の当たりにしたのです。

 

 体制や制度が異なっていれば、意見や見方が行き違ってしまうのは当然のことです。そしてそれは、必ずしも国家間の関係に正常な発展をもたらすとは言えません。隣国と協力しつつ互いの利益のために共通の目標と方向性を定め、互いに努力していくこと、それこそ価値あることでしょう。

 

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