今どき北京はこう歩く・2025年度版
第5回
第5回
安くて、 美味しい? 「貧乏人定食」 ! !
窮鬼さんって誰?
みんな私よりお金持ち…。そう実感したのは、10年以上も前、まだ北京に住んでいた頃である。
中国の友人たちとの会食後、中国人は「バイバイ!」と手を振って駐車場に向かう。みんな自家用車である。私たち外国人は、なかなか来ないタクシーをひたすら待つ。当時まだスマホアプリはない。
火鍋屋さんで隣に座る若い女性はブランド物の高級バッグを持っていた。羨望混じりに 「偽物だったりして(笑)」 と言うと、同行の友人 「あれは本物、多分シンガポール製」。(なんでわかるんだ?)
友人の父上は今度南極にオーロラを見に行くという。費用はその当時で約300万円以上…等々。
そんな中国も、コロナ前をピークに経済が悪化したと、海外のメディアは一斉に報じている。昨年の北京訪問の際、目に見えるところでの不景気は感じなかったが、しかし庶民の間では「節約志向」が高まっているのは事実だそうだ。

そこで登場したのが「窮鬼」たちである。
窮鬼?何だ、それ?
無理やり訳すと「究極の貧乏人」という感じだろうか。 失業中の若者たち、地方からの出稼ぎ労働者…、彼らは自分たちを「窮鬼」と呼ぶ。
低調経済のもと、節約は生活の基本である。「窮鬼」たちの熱烈支持を集めたのが「貧乏人定食(窮鬼套餐)」だった。
2024年に出現したネットの流行語で、「美味しく安価」 をうたい文句に、マクドナルドが売り出したセットメニューから始まっている。「1+1 随心配」(気ままに選ぶ2点セット)は13.9元(300円ちょっと)でハンバーガーと、ドリンクかデザートを自由に組み合わせることができる。
これが大ヒットした。しかも波及効果がすごい。マクドナルドに対抗し、「ケンタッキー」「バーガーキング」「ピザハット」などのほか、コンビニ、カフェチェーン店でも、「貧乏人定食」が店頭に並ぶようになった。
「窮鬼套餐」を紹介する動画も
なかでも窮鬼たちに大人気の店は 「米村拌飯(ビビンバ)」 である。 韓国系料理のファストフード店で、 「貧乏人定食」 はビビンバに小皿料理がセットになっていて、12元(300円いかない)という安価で提供されている。
ちなみに、貧乏人定食の認定がくだる前から、私はこの店を愛用していた。安くて美味しく、 オフィスビルの地下にあって、 サラリーマンのランチとしても人気だった。今でも時々「食べたいなぁ」と思い出すほどである。
ちなみに貧乏人セットの平均価格は13元なのだそうだ。
しかし、不景気はやはり不景気である。 低調経済は、貧乏人定食をも直撃するようになった。
SNS上でも、たくさんの投稿がシェアされています

さ迷い始めた?マクドナルド信者
ネットでは最近、こんな声があがっている。
「マクドナルドを神のように信奉していた“マック信者”たちは、一夜にして無神論者になった」
不景気が長引いても 「貧乏人(窮鬼)」 たちをしっかり支えてきたマクドナルドだったが、 目立たないように、 少しづつ値上げを始めたのである。多くのメニューで、だいたい0.5~1元ほど値上げが行われていて、これが3年ほど続いている。
マック信者にとって、最も気がかりなのは貧乏人セットが値上げされるのかどうか、である。結果…、価格は据え置きで13.9元!
一般人からすれば「さすがマック!」となるところであるが、信者の目はごまかせない。「サイズが小さくなった!」そうである。また、「1+1随心配」気ままに選ぶ、と言っても、ビッグマックやフィレオフィッシュを気ままに選んだりすると1元多く払わなければならなくなる。
そこで消費者、特にマック信者からは、こんな声もあがり始めた。
「貧乏人セットは元来貧乏人の飢えを充たすために出現したのに、今では2セット頼んでようやくお腹が充たされる。このままでは貧乏人定食は、中産階級定食になってしまいそうだ」
そこで私も不安になった。お気に入りの「米村拌飯」も、今後はプチブル定食になっていくのだろうか。
それでも健在、「千元レストラン」
しかしながら、若者たちのすべてが不況に苦しみ、失業の憂き目に遭い、貧乏人定食にしかありつけないかというと、もちろんそうではない。貧乏人定食の対極にある「千元レストラン」も健在で、客層の大部分はやはり若者たちである。
千元レストランとは、一人当たりの消費額が千元(約23,000円)以上のお店である。もちろん数は減っている。北京で言えば、2025年の店舗数は2022年に比べて47%減なのだそうだ。しかしゼロではない。
こうした希少な千元レストランに、私を連れていってくれたのは、やはり北京の弟である。
「今日は何が食べたい?」「うーん、北京ダックかな?」「わかった、行こう!」
即決。案内してくれたのは北京ダックの高級店 「大董烤鴨店」 である。
もともと高いお店で、 長きにわたる北京生活でも一、二回しか来た記憶がない。北京に何店舗かあるけれど、本店は改装工事のため、半年以上休業していたのだそうだ。
リニューアルオープンの店内は、 ぴかぴかに輝いていた。 しかも不思議なメニューもたくさんある。なかでも「骨のない鶏肉の蒸し料理」には驚いた。
千元レストラン 大董烤鴨 店内はピカピカ
撮影:青樹明子


何度聞いても 「骨のない鶏肉」 と言っているのだが、 そんなことあり得ないはずで、 私の中国語レベルでは理解不能である。 なんでも、 このお店が独自に開発したらしく、 たしかに一皿千元なのだそうだ。 メニューにはない。 「骨のない鶏肉」 なんて可能かどうか、ご存じのかたがいらしたら、ぜひお教えください。
不思議なメニュー 骨のない蒸し鶏
撮影:青樹明子
こんな千元レストラン、北京・上海に集中しているが、ネットによると、北京のトップ5は「釣魚台国賓館餐庁」「直樹懐石料理 Naoki」「北湖九号主題餐庁」「盤古文奇美食匯」「程府宴」なのだそうだ。
不思議なレストラン
話を「貧乏人定食」に戻そう。
社会情勢を映したネーミングで大ヒットしたわけだが、アイディアを凝らした奇抜なレストランは、三十年前から現れていた。
今でも忘れられないのは 「離婚レストラン」 である。 離婚が決まったカップルに離婚前夜、 仲良く食事をしてもらおうという提案型の店だった。
その昔、中国では離婚は大変な事案で、一族を巻き込んで、暴力沙汰も起き、逮捕者も出るということも珍しくない。そこで、離婚レストランは、「本当に離婚を決めたのですか?考え直すことはないのですか?」と問い、「決めたのなら仕方がない、せめて今晩は仲良く食事して、円満に別れてくださいね」というメッセージを送る。静かな環境、美味しい食事、カラオケスペースがあり、メニューには結婚の宴会に出される白ネギを使ったものも入れ、「白髪になるまで共に」と誓った日を思い出してください、と再度提案する。
一人っ子政策時代に生まれた「計画出産レストラン」というのも驚いた。店内の壁には各種のコンドームが飾られ、テーブルには避妊指南の本も置かれていた。経営者は「食事をしている時というのは、頭もリラックスしている。国の重要政策、出産制限を学ぶには最適だ」と語る。

“飲食娯楽不忘計画生育” 計画出産を学ぶレストラン。 壁にはTHAILAND、JAPAN、ITALY、USA…各国のコンドームが!
撮影:青樹明子
その後、 文化大革命時代を振り返る 「文革レストラン」 などができたが、 強く印象に残っているのが 「憶苦思甜レストラン」 である。憶苦思甜とは、 「過去の苦しい経験を思い出し(憶苦)、現在の幸せな生活をかみしめ(思甜)、そのありがたさを再認識する」 という意味の四字熟語である。

変わった名前のこのレストラン、内装も料理も、すべて変わっていた。
場所は北京市西部の胡同のなか、 小さな四合院で、 作りは昔風の農家である。照明は暗く、 オンドルしか暖房はない。(私が行ったのは夏だったので、 中庭に小さなテーブルがしつらえてあった)
文革レストラン 北京市西部の胡同の中に
提供:青樹明子
料理はなんと、野草や昆虫などが主体である。テーブルに並んだ一皿、わけがわからないままにいただいてみた。なんかしゃりしゃりして舌にささるなあと思ったら、蟻の炒め物なのだそうだ。
この店は、文革時代に下放された農村での食事を再現しているという。
農村で食べられていた料理の数々
当時もちろんビールはない
撮影:青樹明子


当時すでに繁栄への階段を上っていた首都北京で、いったいどういう人が、この店で野草を食べるのだろう…。しかも客たちは、 当時珍しかった自家用車で来店し、 もっと珍しかった携帯電話(特大サイズのアレです)で仕事の打ち合わせをしながら、 蟻の炒め物を食べる。
つまり改革開放で成功した人たちが、 昔農村に下放されていた時に食べていたものを懐かしがって食べ、 「過去の苦しい経験を思い出し(憶苦)、現在の幸せな生活をかみしめ(思甜)、そのありがたさを再認識する」 という具合である。中国料理はほとんど好きだが、 このお店だけはもう行きたくない。
緊張感マックス?の個室
撮影:青樹明子
手っ取り早くお金儲けしたければ、レストラン経営が一番だ、とよく言われている。 その時々の社会の動きを即妙に捉えたレストランの数々、やはり中国は面白い。
…いけない、餃子ワンダーランドについてのご紹介が抜けてしまった。
(続く)

青樹 明子
愛知県生まれ。ノンフィクション作家。
早稲田大学第一文学部卒、同大学院アジア太平洋研究科修了。
1995年より2年間北京師範大学、北京語言文化大学へ留学し、98年より北京や広州のラジオ局にて、日本語番組の制作プロデューサーやMCを務める。2014年に帰国。著書に『中国人の頭の中』『中国人が上司になる日』『日中ビジネス摩擦』『「小皇帝」世代の中国』『家計簿からみる中国 今ほんとうの姿』等。