今どき北京はこう歩く・2025年度版
第5回

 そこで登場したのが「窮鬼」たちである。

 窮鬼?何だ、それ?

 無理やり訳すと「究極の貧乏人」という感じだろうか。 失業中の若者たち、地方からの出稼ぎ労働者…、彼らは自分たちを「窮鬼」と呼ぶ。

 なかでも窮鬼たちに大人気の店は 「米村拌飯(ビビンバ)」 である。 韓国系料理のファストフード店で、 「貧乏人定食」 はビビンバに小皿料理がセットになっていて、12元(300円いかない)という安価で提供されている。

 ちなみに、貧乏人定食の認定がくだる前から、私はこの店を愛用していた。安くて美味しく、 オフィスビルの地下にあって、 サラリーマンのランチとしても人気だった。今でも時々「食べたいなぁ」と思い出すほどである。

 ちなみに貧乏人セットの平均価格は13元なのだそうだ。

 しかし、不景気はやはり不景気である。 低調経済は、貧乏人定食をも直撃するようになった。

 もともと高いお店で、 長きにわたる北京生活でも一、二回しか来た記憶がない。北京に何店舗かあるけれど、本店は改装工事のため、半年以上休業していたのだそうだ。

 リニューアルオープンの店内は、 ぴかぴかに輝いていた。 しかも不思議なメニューもたくさんある。なかでも「骨のない鶏肉の蒸し料理」には驚いた。

撮影:青樹明子

 何度聞いても 「骨のない鶏肉」 と言っているのだが、 そんなことあり得ないはずで、 私の中国語レベルでは理解不能である。 なんでも、 このお店が独自に開発したらしく、 たしかに一皿千元なのだそうだ。 メニューにはない。 「骨のない鶏肉」 なんて可能かどうか、ご存じのかたがいらしたら、ぜひお教えください。

撮影:青樹明子

 一人っ子政策時代に生まれた「計画出産レストラン」というのも驚いた。店内の壁には各種のコンドームが飾られ、テーブルには避妊指南の本も置かれていた。経営者は「食事をしている時というのは、頭もリラックスしている。国の重要政策、出産制限を学ぶには最適だ」と語る。

撮影:青樹明子

 変わった名前のこのレストラン、内装も料理も、すべて変わっていた。

 場所は北京市西部の胡同のなか、 小さな四合院で、 作りは昔風の農家である。照明は暗く、 オンドルしか暖房はない。(私が行ったのは夏だったので、 中庭に小さなテーブルがしつらえてあった)

提供:青樹明子

 料理はなんと、野草や昆虫などが主体である。テーブルに並んだ一皿、わけがわからないままにいただいてみた。なんかしゃりしゃりして舌にささるなあと思ったら、蟻の炒め物なのだそうだ。

 この店は、文革時代に下放された農村での食事を再現しているという。

撮影:青樹明子

 当時すでに繁栄への階段を上っていた首都北京で、いったいどういう人が、この店で野草を食べるのだろう…。しかも客たちは、 当時珍しかった自家用車で来店し、 もっと珍しかった携帯電話(特大サイズのアレです)で仕事の打ち合わせをしながら、 蟻の炒め物を食べる。

 つまり改革開放で成功した人たちが、 昔農村に下放されていた時に食べていたものを懐かしがって食べ、 「過去の苦しい経験を思い出し(憶苦)、現在の幸せな生活をかみしめ(思甜)、そのありがたさを再認識する」 という具合である。中国料理はほとんど好きだが、 このお店だけはもう行きたくない。

撮影:青樹明子

青樹 明子

愛知県生まれ。ノンフィクション作家。
早稲田大学第一文学部卒、同大学院アジア太平洋研究科修了。
1995年より2年間北京師範大学、北京語言文化大学へ留学し、98年より北京や広州のラジオ局にて、日本語番組の制作プロデューサーやMCを務める。2014年に帰国。著書に『中国人の頭の中』『中国人が上司になる日』『日中ビジネス摩擦』『「小皇帝」世代の中国』『家計簿からみる中国 今ほんとうの姿』等。

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