今どき北京はこう歩く
第9回

 当時の北京では有名な話である。

 某日本人女性が、 日本の家で飼っていたペットの犬の写真を、 中国人の友人に見せた。

「家で飼っている犬なの。可愛いでしょ?」

 すると、 写真を見た中国人の女性――(東北地方出身だった)

「うわ~、美味しそう!」

衝撃的なひと言に、日本人女性は、 思わずペットの写真を引っ込めたという。

 最近の中国・若者事情を見ると、これまでの中国的常識が崩壊の危機にあることが見えてくる。家族第一主義だった人々が、結婚して家族を作ることを躊躇し、晩婚化どころか、「結婚しない若者たち」が増えてしまった。

 根底には苛酷な結婚事情がある。そもそも相手を見つけることが競争だし、多額の資金も必要だ。子供が生まれたら、親子共々、よりすさまじい競争が待っている。最新の数字では、中国における独身者は約2.97億人、なんと総人口の20.7%を占めるというから驚きだ。

 ここまで独身者が増えると「独身者経済(単身経済)」という新たなムーブメントができあがるのは自然だろう。なかでも特に注目を集めているのが「ペット経済」である。

 多くの単身者たちは、ペットを飼って、生きていく上での伴侶としているようだ。それに伴い、ペット用品、動物病院などの関連産業が急速に発展している。

 知り合いの中国人女性(30代初め)は、 両親から結婚をせかされていた。 相当 「うざく」 なった彼女、 適当に誰かを探して結婚し、 すぐ別れればいいと実に安易に考えた。

 適当な誰かをどうやって探すか…、選択の基準としたのは 「ペット」 である。

「いつも動画で、 可愛い猫を見ていたの。飼い主を探して、 その人と結婚することにしました。その猫と暮らすことができれば、 それだけで満足」

 結果、彼女は一年にも満たないうちに離婚したという。 執着した猫はゲットしたようだ。

 冒頭で「美味しそう~」と言った中国人女性が、中国・東北出身だったと申し上げたので、東北料理は野蛮だとイメージされるかもしれない。しかし、それは間違いである。

 東北地方といえば、 旧満州がメインなので、 日本的中華の基になる料理が多い。 なかでも餃子は、 満州から引き揚げてきた人々によって日本に広まったと言われている。

 粉ものが豊富で、餃子以外でも、肉まん(肉包饅頭)やニラ饅頭(韭菜盒子)なども、元々は東北料理だ。

 庶民的な食堂では必ず見られるジャガイモ、 ナス、 ピーマンを炒め合わせた定番料理(地三鮮)のほか、鍋や煮込み料理も多い。

 骨付きの鶏肉、豚肉、羊肉、魚、インゲン、ジャガイモ、キノコ類、トウモロコシなど、家にある食材をなんでも入れて煮込んだ鍋料理は、長く厳しい東北の冬を乗り切るために欠かせない料理である。

 東北料理には、忘れられない思い出がある。留学時代に仲間と通った東北料理店は、個人経営の小さな店だった。バラック小屋のようなところで、店内にトイレすらなかったと思う。しかし料理はすべて美味だった。「涼皮」という前菜に近い麺料理(小麦粉や米粉のデンプンを水に溶いて薄く伸ばして蒸したもの)、鍋包肉という甘酸っぱいあんを絡めた豚肉の唐揚げなど、代表的な東北料理は、このバラック小屋で知った。

 なかでも忘れられないのが雪衣豆沙(当時、名前は知らなかったが)というデザートである。揚げたてのふわふわの薄い衣の中に小豆餡があって、上から白砂糖が振りかけられている。中国にはこんなに美味しいものがあるのか、 と驚いたものだが、 その後二度と出会うことはなかった。 留学という楽しい思い出と共に、記憶に深く刻まれた東北料理である。

 ちなみに、今の中国・東北地方では、「犬」はペットであり、 食べられることは少なくなっているようなので、 皆さま、 安心して本場の東北料理を体験してください。
(続く)

青樹 明子

愛知県生まれ。ノンフィクション作家。
早稲田大学第一文学部卒、同大学院アジア太平洋研究科修了。
1995年より2年間北京師範大学、北京語言文化大学へ留学し、98年より北京や広州のラジオ局にて、日本語番組の制作プロデューサーやMCを務める。2014年に帰国。著書に『中国人の頭の中』『中国人が上司になる日』『日中ビジネス摩擦』『「小皇帝」世代の中国』『家計簿からみる中国 今ほんとうの姿』等。

読み物一覧へ

top
ページ