今どき北京はこう歩く
第9回
第9回
ペット命!
「美味しそう」から「可愛い」へ
時は30年ほど前にさかのぼる。
当時の北京は、今とは全く別の国といってもよく、 戦前から「魔都」と呼ばれた国際都市·上海から見ると、 北京は「大いなる田舎」だったようだ。
当時言われていた上海人から見た北京とは…?
「立派な道路に馬が歩く」
「服装がださく、田舎っぽい」
「政治ばかり語る」
…。
北京愛が強い私には、ちょっと待って、と言いたくなることはやまやまだが、以下のエピソードを聞いた時は、つい上海人側に立ちそうになった。
当時の北京では有名な話である。
某日本人女性が、 日本の家で飼っていたペットの犬の写真を、 中国人の友人に見せた。
「家で飼っている犬なの。可愛いでしょ?」
すると、 写真を見た中国人の女性――(東北地方出身だった)
「うわ~、美味しそう!」
衝撃的なひと言に、日本人女性は、 思わずペットの写真を引っ込めたという。

食事情には文化の違いが端的に表れるものだが、江戸時代以降「生類憐れみの令」という過度なる動物愛護の歴史を持つ日本人にとり、獣肉食は長らくタブーだった。
それから十数年ほど経った頃、たまたま日本にいて、NHKテレビ「中国語講座」のゲストにお招きいただいたことがある。テーマは「中国の若者」で、「火事が起きた時、最初に持ち出すものは何?」というインタビューコーナーがあった。
そこで、ある中国人の若い女性が言った。
「最初に持ち出すもの?ペットのわんちゃんかな。宝物だから」
ほぼ10年で、「美味しそう」、から「宝物」に変わったのである。
中国式ペット経済
最近の中国・若者事情を見ると、これまでの中国的常識が崩壊の危機にあることが見えてくる。家族第一主義だった人々が、結婚して家族を作ることを躊躇し、晩婚化どころか、「結婚しない若者たち」が増えてしまった。
根底には苛酷な結婚事情がある。そもそも相手を見つけることが競争だし、多額の資金も必要だ。子供が生まれたら、親子共々、よりすさまじい競争が待っている。最新の数字では、中国における独身者は約2.97億人、なんと総人口の20.7%を占めるというから驚きだ。
ここまで独身者が増えると「独身者経済(単身経済)」という新たなムーブメントができあがるのは自然だろう。なかでも特に注目を集めているのが「ペット経済」である。
多くの単身者たちは、ペットを飼って、生きていく上での伴侶としているようだ。それに伴い、ペット用品、動物病院などの関連産業が急速に発展している。

北京・上海では、ペットショップだけでも多彩な店舗・サービスが広がっています
中国のメディアも独身ペット経済をしばしば取り上げているが、そこには想像以上の現実がある。
ネットに掲載された匿名の経済専門家ブログ、「ペットたちの幸福な生活」より。
ペット犬“ベイベイ”は成長してもわずか3キロほどの小型犬で、値段の高い犬種である。飼い主は若い独身女性だ。
ベイベイは、値段に比例して、コストもかかる。
まず、寒さを恐れるので、部屋の温度は一年中26度に保たなければならない。
飼い主の女性は、 夏用、 冬用と、 たくさんの服を用意している。なかでも最も高価なのは、 海外旅行で買ったペット用の革のジャケットだった。
服だけではない。ベイベイは日用品にもお金がかかる。犬用歯磨きは1つ100元(約2,300円)以上するし、耳や目を洗う専用器具は、香港から取り寄せた高級商品である。
さらに、 バスルームには特別なタオルが置かれ、 リビングには、 50〜60個のおもちゃが準備されている。おもちゃは壊れたら即補充するので、その数は限りなく増え続けているという。
その他、ワクチン接種費用、婚姻費用などもあり、出費を惜しまない独身者の飼い主のもとで、ベイベイは贅沢で幸福な生活を送っている。

知り合いの中国人女性(30代初め)は、 両親から結婚をせかされていた。 相当 「うざく」 なった彼女、 適当に誰かを探して結婚し、 すぐ別れればいいと実に安易に考えた。
適当な誰かをどうやって探すか…、選択の基準としたのは 「ペット」 である。
「いつも動画で、 可愛い猫を見ていたの。飼い主を探して、 その人と結婚することにしました。その猫と暮らすことができれば、 それだけで満足」
結果、彼女は一年にも満たないうちに離婚したという。 執着した猫はゲットしたようだ。
中国・東北料理
冒頭で「美味しそう~」と言った中国人女性が、中国・東北出身だったと申し上げたので、東北料理は野蛮だとイメージされるかもしれない。しかし、それは間違いである。

東北地方といえば、 旧満州がメインなので、 日本的中華の基になる料理が多い。 なかでも餃子は、 満州から引き揚げてきた人々によって日本に広まったと言われている。
粉ものが豊富で、餃子以外でも、肉まん(肉包饅頭)やニラ饅頭(韭菜盒子)なども、元々は東北料理だ。
庶民的な食堂では必ず見られるジャガイモ、 ナス、 ピーマンを炒め合わせた定番料理(地三鮮)のほか、鍋や煮込み料理も多い。
(左)肉包饅頭、韭菜盒子
(右)地三鮮
骨付きの鶏肉、豚肉、羊肉、魚、インゲン、ジャガイモ、キノコ類、トウモロコシなど、家にある食材をなんでも入れて煮込んだ鍋料理は、長く厳しい東北の冬を乗り切るために欠かせない料理である。
東北料理には、忘れられない思い出がある。留学時代に仲間と通った東北料理店は、個人経営の小さな店だった。バラック小屋のようなところで、店内にトイレすらなかったと思う。しかし料理はすべて美味だった。「涼皮」という前菜に近い麺料理(小麦粉や米粉のデンプンを水に溶いて薄く伸ばして蒸したもの)、鍋包肉という甘酸っぱいあんを絡めた豚肉の唐揚げなど、代表的な東北料理は、このバラック小屋で知った。
なかでも忘れられないのが雪衣豆沙(当時、名前は知らなかったが)というデザートである。揚げたてのふわふわの薄い衣の中に小豆餡があって、上から白砂糖が振りかけられている。中国にはこんなに美味しいものがあるのか、 と驚いたものだが、 その後二度と出会うことはなかった。 留学という楽しい思い出と共に、記憶に深く刻まれた東北料理である。
ふんわり上品な伝統スイーツ・雪衣豆沙

ちなみに、今の中国・東北地方では、「犬」はペットであり、 食べられることは少なくなっているようなので、 皆さま、 安心して本場の東北料理を体験してください。
(続く)

青樹 明子
愛知県生まれ。ノンフィクション作家。
早稲田大学第一文学部卒、同大学院アジア太平洋研究科修了。
1995年より2年間北京師範大学、北京語言文化大学へ留学し、98年より北京や広州のラジオ局にて、日本語番組の制作プロデューサーやMCを務める。2014年に帰国。著書に『中国人の頭の中』『中国人が上司になる日』『日中ビジネス摩擦』『「小皇帝」世代の中国』『家計簿からみる中国 今ほんとうの姿』等。