今どき北京はこう歩く・2025年度版
第6回
第6回
日本を凌ぐ?超級サービスが現れた!
“メイヨー(没有)” が消えた?
私は子供の頃から競争が苦手で、試験と名の付くものは、ことごとく落ちた。 あまりの落選続きに、挑戦する前から「どうせ受けても受からない」と、悲観的な気分に陥り、案の定落ちた。
今でも思う。こんな私が、億単位の競争に挑まなくてはならないとしたら…、結果は目に見えている。日本でよかった。
中国の競争は半端ない。数字を見るだけで恐ろしくなる。
大学入試の凄まじさは、以前にも当コラムでもご紹介したけれど、受験申込者数は1952 年に5 万人だったところ、最新2025年は 1,335万人である。(日本の場合、2025年度の共通テスト受験者数は、495,171人なのだそうだ。)
競争を制した末、無事大学を出たとしても、競争は終わらない。2025年の失業率は中国全体で平均5.2%、公には「比較的落ち着いた数字」との論評もある。(国家統計局が2026年1月19日に発表)
結婚はどこの国でも競争だが、 中国の場合、 椅子取りゲームと化していて、 単純計算すると、「結婚できない男」は 3,000万人いると言われている。
それにしても、いつから中国は、ここまで激烈な競争社会になったのだろう。なんのことはない。ここ数十年のことである。
ついつい忘れてしまうが、中国は社会主義国家である。社会主義とは、基本的にはみんな平等、働いても働かなくても、給料はほとんど同じ、というのが基本理念だ。出来高という概念がないため、同じ給料なら楽していたいと考えるのは人情である。
80年代から90年代初めに中国に行かれた方々、 覚えておられるだろうか。中国で最初に驚くのが、 サービスの悪さだった。デパートなどでは、客の目の前で店員さん同士はお喋りに夢中。 買った商品は手元にぽんと投げられる。 接客の最前線にいる服務員たちには、 必要以上の労働はしないという習性があるからだった。

「〇〇はある?」「ないよ(メイヨー (没有) )」。
(仕事が増えるのは面倒だ。売れても売れなくても関係ないし)
「もっとほかの色を見せて」「ないよ(メイヨー (没有) )」
(上の棚にあるじゃないの!)
当時、 最初に覚える中国語は 「メイヨー (没有) 」 だったのである。
どこに行っても「メイヨー」一色の国が一変したのは1992年。改革開放からである。「みんな平等」から「競争社会」に突入した。
超級サービスの登場

四川火鍋の有名店、海底撈
極端から極端に走るのが、中国のすごさである。
「海底撈が日本進出!」というニュースが中国のSNSで拡散されたのは、2015年のことである。海底撈とは、四川火鍋の有名店だ。
中国に火鍋店は無数にある。地方によって愛される味も異なるなか、海底撈は中国各地の激戦を勝ち抜いていく。何故か。それは「変態的」とまで称された超級サービスによるものだった。
北京に進出したのは2004年、 ピーク時には最短2時間待ちである。
とんでもないわ!5分待つのだっていやなのに。2時間待つなんてあり得ない!絶対行かない !! …という私に友人は言った。
「大丈夫。2時間なんてあっという間に過ぎるよ」
たしかにあっという間に過ぎた。飽きないからだ。
順番待ちの間、飲み物、果物、ナッツやスナック菓子などが無料で提供された。

バラエティに富んだサービスが
楽しめる待合スペース
グループ客には、トランプや将棋が貸し出され、女性用にネイルサービスもある。(某女性客がネイルの色を3回変えさせた時ですら笑顔で要求に応じたと言う)。その他、マッサージ、靴磨きのサービスもある。
テーブルについてからは、紙製のエプロンはもちろん、女性には髪をまとめるゴム、眼鏡をかけている客には、湯気で曇った時用に眼鏡拭き、テーブルに置いた携帯には携帯カバー…、と続く。
ネイルコーナー、クレーンゲーム、ビリヤード・・・


海底撈の新宿店に行ったことがある。ここにもネイルコーナーがあって、無料券が渡された。帰り際だったので「今日は時間がなくて、できないわ」と言うと、「時間がある時来ればいいよ。 食べなくてもネイルだけに来ればいい」 との答えにびっくりした。
踊るように麺を回して伸ばして、火鍋に投入!
「カンフー麺」も大人気
中国の海底撈伝説は数多い。
会計を頼んだ客が何気なく言った。「アイスクリームはないんだね」。すると5分後、店員が息せき切って戻ってきた。
「お待たせしました。 どうぞ召し上がってください」。 手にはアイスクリームが入ったスーパーの袋が提げられている。 メニューにあっても 「メイヨー」だった国で、メニューになければ従業員が自腹切ってでも提供する店が現れたのである。
競争は悪いことばかりじゃない?
超級サービスが実現した背景には、創業者である張勇氏の「社員は顧客よりも重要」という経営理念があったという。
張氏はまず、 社員たちに権限を与えた。 客から不満が出た場合、 自分の判断で、 値引きしたり無料にしたりすることができる。 上司の判断を仰ぐ必要はない。
優秀な社員には、海底撈の株が与えられるというのも、有名な話だ。
「痒いところに手が届く、あり得ないサービス」と称された海底撈が、メイヨーが主流だった社会に大きな影響を与えたことは否めない。
中国の友人は「競争は苛酷だけど、悪いことばかりではない」と言う。
昼下がり、 午後2時を大きく回った中心部のレストラン。ほとんどの客はランチを終えて、 職場に戻って行ったようだ。客は私たちだけである。
しかし追い出されることはない。従業員たちは電卓たたいたりなど、 自分たちの仕事をしているが、 居残る客に 「ランチタイム終了です、 お引き取りを」などとは言わない。「お茶ください」と言えば、ちゃんとお茶を注いでくれる。
席を案内される時も、サービスの基準が変わったなと実感させられる。
たとえば、1人や2人で店を訪れる場合、日本ならばカウンター席やせいぜい2人用の席に案内される。店がどんなに空いていても、「3人や4人以上の客が来るかもしれない」からと、少人数は狭い席にならざるを得ない。
しかし最近の中国は違う。 1人だからと遠慮して、 隅の狭い席に着こうとすると、 「あっちの広いほうが快適だよ。 クッションもあるし」と、 案内してくれる。
テイクアウトもありがたい。
国が「不要浪費」を推奨していることもあって、 テイクアウトを拒否することは決してしない。火鍋店ならば残った肉はもちろん、少量の野菜にいたっても、 持ち帰りOKである。

日本人の友人は、キノコ鍋のお店で烏骨鶏でだしをとった残り物のスープも持ち帰っていた。翌日、 これでおじやにすると最高の味が出るのだそうだ。なるほど。次回は私もそうしようと、心に誓った。ちなみに、東京池袋のガチ中華の店でも、 テイクアウトはOKである。
きのこをたくさん使う雲南料理のお鍋
撮影:青樹明子
羊のしゃぶしゃぶは最高の北京料理
このコラム、別に「食」がテーマというわけではなかったけれど、偶然にも食関係が続いてしまった。今回こそは食レポから離れようと思っていたものの、海底撈に着目すると、どうしても火鍋、なかでも「羊のしゃぶしゃぶ」つまり涮羊肉に言及したくなってしまう。
というわけで、コラムの締めは羊のしゃぶしゃぶである。

羊肉のしゃぶしゃぶ涮羊肉は、 北京を代表する鍋料理で、羊肉が苦手という日本人も、 一度食べると毎日でも食べたくなるほどファンになる方も多い。
薄く切った羊肉を、特製のスープでゆがいて、 やはりその店独自の特製タレにつけていただく。中国の羊は臭みがなく、脂を落としているので、いくらでも食べられてしまう。そこにジャガイモ、レタス、青梗菜、豆苗、白菜、冬瓜などの野菜、 そしてキノコ類、 豆腐、 ビーフンなど、 ありとあらゆる食材を投入する。 客たちは特製スープと特製タレを求めて、 贔屓店を探し当てるのである。
十年以上前のこと。北京の弟が(彼は羊のしゃぶしゃぶが大好きで、 自然と私も大好きになった)天壇公園近くの小さなしゃぶしゃぶ店に連れていってくれた。
建付けの悪い引き戸を開け中に入ると、 木製の粗末なテーブルと椅子が並んでいる。ガスコンロではなく、 炭火を使っているので店内は煙くて、 くすんでいる。
何故、こんなお店にわざわざ連れてきてくれたんだろう…?と不思議だったが、いざ食べてみると、美味しい!羊肉も(機械ではなく、料理人自ら包丁で切っているらしい)スープもタレもすべて格別だった。

羊肉は手作業で切ったもの。
火鍋専用の鍋は炭火を使います
撮影:青樹明子
客層もいろいろで、私にはわからなかったが、「お、〇〇選手だ」「「俳優の〇〇だよ」とか言っている。
店の名前を聞くと、「北京人はみんな『南門』と呼んでるよ」
天壇公園・南門の近くにあるからそう呼んでいるらしい。
この店は人気が沸騰して、その後北京の中心部にも進出し、今では超有名店となっている。
もうひとつ、深く記憶に残るしゃぶしゃぶ店が、故宮近くにあった。ここは歴史ある高級店とのことで、贅沢禁止令のあおりを受けてか、閉店してしまい、しごく残念である。
しかしこの歴史がすごい。
故宮の向かい側ということで、 清朝時代、 皇子たちが夜宮殿を抜け出して、 食べに来たという。なかでも、 雍正帝(日本でも人気を集めたテレビドラマ『宮廷女官 若曦』(きゅうていにょかん じゃくぎ)でヒロインに恋する第四皇子です。)も、皇子時代はしばしば通った、と店のロビーに書かれていた。雍正帝は、『如懿伝 〜紫禁城に散る宿命の王妃〜』、『瓔珞〜紫禁城に燃ゆる逆襲の王妃〜』などのテレビドラマに登場する人気のキャラクターである。
さて、本日の結論はというと…、進化した中国式サービス、というより、「羊のしゃぶしゃぶは美味しい!」

青樹 明子
愛知県生まれ。ノンフィクション作家。
早稲田大学第一文学部卒、同大学院アジア太平洋研究科修了。
1995年より2年間北京師範大学、北京語言文化大学へ留学し、98年より北京や広州のラジオ局にて、日本語番組の制作プロデューサーやMCを務める。2014年に帰国。著書に『中国人の頭の中』『中国人が上司になる日』『日中ビジネス摩擦』『「小皇帝」世代の中国』『家計簿からみる中国 今ほんとうの姿』等。