今どき北京はこう歩く
第10回
第10回
恐るべし、中国老人大軍団
「単身老人駆逐策」って?
事の起こりは10年ほど前である。
当時、中国の新聞にショッキングな見出しが躍った。「老人封殺」「単身老人駆逐策」「老人入店制限令」等々である。いや怖い。
事の顛末はこうだ。
上海の人気大型家具店2階イートインコーナーに、突然こんな紙が貼られたという。
「本日より、フードコートで食品を購入されたお客様に限り、椅子席をご利用いただきます」
なんだ、それ?意味不明…。
どうもこの有名店では、 店舗で何も買わずに椅子とテーブルを“占拠”する人たちがあまりに多く、 正規の客が席を確保できなくなってしまったのだそうだ。
占拠者?いったい誰が?
その多くはいわゆる“老人”である。
(ここで言う老人とは中国語の老人です。 中高年とか高齢者という単語はあまり使いませんので、 あしからず)

彼らは冷暖房のきいた店内に、 家から持ち込んだお茶と肉入り饅頭(つまり肉まん)だけで、 朝から晩まで居続ける。 毎日通えば友達もでき、 そこは無料の社交場と化していた。千を超す椅子席のほとんどを、 こういう中高年に占拠されたらしい。
なかでも問題視されたのが、 フードコートを利用した「中高年見合い大会」だった。毎週火曜と木曜、 独身の中高年たちが集合し交流する。無料のコーヒーか、 自前のお茶ですませば、 参加費用はゼロである。
店側は困惑した。お金を払った客が席を確保できないので、店離れしていくからである。そこで「まずは店舗で購入し、その後椅子席に入ってくれ」という通達を出したのである。無料で一日過ごしていた高齢者は、「駆逐」されることになった。
しかし彼らは賢い。通達に従って、 まずは店内で最も安い4元(約95円)のパンを買う。椅子席を確保した後、 実際に食べるのは、 自前の肉入り饅頭と、そしてお茶だ。
「パンは辻褄合わせだよ。最低いくら買え、とまでは言ってないからね」
さて、一般庶民の反応は賛否両論である。
「店側の言い分はもっともだ。老人たちの行為は実に恥ずかしい」
「高齢者は寂しい生活を強いられている。憩いの場を剥奪されたら、彼らは行く場所がない」
ちなみに、行政が提供する“老人憩いの場”のようなところは、金額がかさむのだそうだ。
この店は改装のため、 現在は休業中である。 フードコート見合いも雲散霧消に陥ったが、 一部は従来の人民公園に移動して、 高齢者見合いは続いているのだそうだ。いずれどこかのフードコートで完全復活しても、不思議ではない。
午後の公園。高齢者が集まってミニ音楽会も開かれている
撮影:青樹明子

銀髪経済
日本同様、中国も高齢化のスピードは半端ない。2026年1月発表の数字によると、60歳以上人口は3億2,338万人で全国人口の23.0%を占めた。このうち65歳以上人口は2億2,365万人で全国人口の15.9%である。日本の総人口の約2倍だ。
この巨大な一群は、 当然ながら、 社会で大きな影響力を放つようになった。銀髪経済と呼ばれるこの市場は、 今やどの業界も無視できないほどで、 すでに世界中の企業が狙いを定めている。
飲食産業は新しいターゲットとして銀髪族に注目する。 近年、 レストランの予約状況で目に見えて増えているのが、 老人向けの宴会である。 特に誕生日会は急激に増え、営業の主力となっている。
長寿を祝う菓子(寿桃)、麺(長寿麺)の種類は豊富になり、高齢者が好む小豆餡に味噌味を加えたもの、 健康に配慮した無糖のもの等は好調な売れ行きを示している。

誕生会用には、9種類(9は縁起がいい数字)の長寿麺と寿桃や餅類が売り出されている。 60歳以上は2割引き、68歳以上になると粗品進呈など、老人市場の取り込みに必死である。
(左)麺の長さに長寿の願いをこめた「長寿麺」
(右)不老長寿の象徴である桃をかたどった「寿桃」
旅行業界も同様だ。
多くの旅行社が主力商品としているのは、 中高年向けツアーである。“夕陽旅行” “快楽老人の旅” “両親が喜ぶ江南〇日間” など、 銀髪族に向けてのツアー商品が目白押しである。

新たな市場も出現している。
改革開放後、 中年女性の化粧に世界中の化粧品業界が注目したが、 最近では老人層にまで化粧ブームが広がりを見せている。 化粧は精神汚染と言われた時代を生きた人々は、老年になってようやく解放され、“おしゃれ”とか“流行”に関心を持ち、化粧意欲が一気に増している。
「(2050 年には)60 歳以上の高齢者は人口の3 分の1ほどの5 億人以上となるだろう」(中国発展研究基金会 2020 年発表)とされていて、予測通りにいけば、消費潜在能力は、世界最大である。
北京市内の中心部には、高齢者向けの衣料品店も多い
撮影:青樹明子
漂う高齢者たち
問題は、高齢者たちは幸福かという懸念である。
フードコート見合い問題も「彷徨える老人たち」が端的に表れ出ているが、近年特に注目されているのが「老漂族」(漂う老人族)という言葉である。故郷から都市に出てきて、子供たちの育児を手伝う高齢者を指すようだ。
中国では共稼ぎが基本なので、子育ては祖父母の役目となる。孫の面倒を見るために、住み慣れた故郷を離れ、場合によっては海外にも付いて行かねばならなくなる。
北京で暮らすある高齢者は、自身の生活を「三点一線」と表現し、毎日が家・学校・自由市場の三か所を回るのみと語る。 友人もなく、自分だけの時間もない。時々自分は『有期刑』を宣告された気分で、 いつ『刑期満了』で家に帰れるのか分からない」。精神的孤独に陥る高齢者は少なくない。彼らの口癖は 「娘の家」 「息子の家」 であり、 「我が家」 とはめったに言わない。
高齢者たちは幸福かという問題は日本も中国も同じように深い
撮影:青樹明子

もっと深刻なのは、価値観の崩壊だ。
「養児防老(子供は老後の備え)」というのは、中国人の基本的な考え方だが「それはすでに笑い話になった」とずばり述べたのが、中国で最も人気のある有名キャスター・白岩松さんだ。白さんはいくつかエピソードを紹介している。
ここではその中の一つをご紹介しよう。
「某81歳の女性は夫を文革で亡くした後、女手ひとつで娘を育ててきた。娘は大学卒業後アメリカに留学。現地で就職、結婚した。女性も孫の面倒を見るため、アメリカに移住したが、その際、全財産である北京での住居を売り払って、娘に渡したのである。しかし娘婿とどうしても折り合わず諍いが絶えない。娘一家は飛行機のチケットを彼女に与え、無一文同様の母親を中国に追いやることを選択した」
これまで見られなかった現象が何故頻繁に起きるのか。 白岩松さんは 「高齢化の速さに人々の頭がついていかない」 からだと言う。 「人は誰でも年を取る。老後どう暮らすか、今すぐ決める必要がある」 。
要介護の高齢者は3,500万人にも上るなか、都市化が進み、家族構成も変容した。伝統的な家族による介護が物理的に不可能となっている。
近年、 「一人失能、全家失衡」(一人が病気や要介護となったら、 家庭全体の生活基盤が崩れる)という言葉が広く使われており、 「介護難民」 や 「老老介護」 も深刻化している。政府にとって介護制度の整備は急務となった。
なんとなく深刻な気分になってしまいそうなので、最後に“老人誕生日宴会”でよく見かけるこの一品をご紹介しましょう。

「紅棗開口笑」
種を取り除いたナツメにもち米を詰めて、蒸したもの。 ナツメの甘味だけで充分だけれど、 だいたい最後に黒糖がかけられている。
ナツメは繁栄と幸福を象徴し、もち米は団らんと永く続くことを願う意味合いがある。 高齢者が幸福で健康で、 何よりもいつも笑顔でいてくれるようにとの思いで、誕生日の宴会などで選ばれるという。
これは本当に美味で、 東京·池袋のガチ中華店のメニューにもあるので、機会があれば、ぜひお試しください。
(続く)

青樹 明子
愛知県生まれ。ノンフィクション作家。
早稲田大学第一文学部卒、同大学院アジア太平洋研究科修了。
1995年より2年間北京師範大学、北京語言文化大学へ留学し、98年より北京や広州のラジオ局にて、日本語番組の制作プロデューサーやMCを務める。2014年に帰国。著書に『中国人の頭の中』『中国人が上司になる日』『日中ビジネス摩擦』『「小皇帝」世代の中国』『家計簿からみる中国 今ほんとうの姿』等。