今どき北京はこう歩く
第12回
第12回
最新北京はこうだった・その2 ―― 夢は火星移住?
ロボット集結?

長安街といえば、言わずと知れた北京市の東西を結ぶ目抜き通りである。 天安門広場も故宮も、 すべてこの長安街沿いにあり、 片道5車線、 計10車線の巨大な道路である。
そんな長安街に、最近新たな人気スポットが現れた。「人類の火星移住」がテーマの体験型空間である。
それは 「SKP」 というショッピングモールの別館にあった。私の住んでいた頃は 「新光天地」 といって、日本の三越デパートが出店していることで有名だった。今では韓国系のモールになっていて、「世界の商業施設のNo.1」とまでいわれている。
別館は、ブランド店に混じり、ロボットとAIが融合された動くオブジェが、来館する人々の目を奪う。
スタートは、「羊のロボット農場」である。羊が動き回り、めーめーと鳴き声を上げていて、ロボット羊は、尻尾までリアルに動くので驚いてしまう。
羊のロボット農場「フューチャー・ファーム(未来農場)」
撮影:青樹明子
2階で遭遇するのは「ペンギン群団」だ。450羽のロボットペンギンが、 通行人が近づくと、 一斉にくるりと回転して同じ方向を向く。白いお腹と黒い背中がシンクロして反転するというおまけつきだ。
人が近づくとペンギンが一斉に反転。
450羽いるので見事である
撮影:青樹明子
ロボットたちは単なるオブジェとして置かれているのではない。「人類の火星移住」という壮大なストーリーを構成しているのだ。
羊の農場は、「かつて地球にあった農場」を、AIとロボット技術で表現し、見る者に「ノスタルジー」を感じさせるのが目的だ。
ペンギンが一斉に反転する動きは、宇宙船の周囲で「重力が歪んだり、未知の波動が通り過ぎたりする現象」を表現しているのだそうだ(よくわからない)。
3階へ進むと、 宇宙船が目の前に現れる。ついに火星移住が成功するという段取りだ。火星到達前には、何故かチェスをする ゴリラのロボットもいて、まさに “ロボット尽くし” の珍しい空間だった。
Bigな猿のチェス対戦。勝敗が気になる
撮影:青樹明子
不要上班(涙)
近未来の世界観に圧倒させられながら、歩みを進めると、突然現実の世界に引き戻されるコーナーがある。
椅子などが置かれる普通の休憩スポットに、普通のキャラクター・マスコット人形があって、そこにメッセージが貼り付けられている。それらを読むと、火星どころか、地球の、そして中国の、なかでも北京の、若者たちの厳しい現実が見て取れる。

何が書かれているかというと…、
「残業はイヤ」
「早く定年が来ないかなぁ」
「仕事に行きたくない」
「寝そべっていたい」
…等々だった。
とんでもない競争になっている大学入試、続く就職難、苛酷な仕事環境、結婚難…。
彼らの屈託は、挙げればきりがないほどだ。
メッセージコーナー。若者は疲れているらしい…
撮影:青樹明子
メッセージには仕事に関することが多く書かれていたが、中国で仕事するというのは、聞いているだけで本当に疲れる。
たとえば「996」。これは「月曜から土曜までの週6日勤務、就業時間は、朝9時から夜9時まで」という意味である。
「マットレス文化」「ハンモック企業」というのも出現した。オフィスにはマットレスやハンモックが装備されていて、真夜中まで仕事したら、家に帰らずマットレスで横になって仮眠を取る。朝になると、そのまま仕事を再開する。特にIT企業においては、これは常識なのだそうだ。
しかしいくら若くても、 体力には限界がある。最近では、 「996.ICU」 という言葉も流行り始め、 「996」 を続けて、 挙句の果ては 「ICU(集中治療室)」 に送られてしまう、 という意味だ。
メッセージの「寝そべりた~い」というのは、躺平族を指している。
躺平とは「横たわる」という意味で、つまり競争社会から離脱し、お金儲けも放棄して、大志も抱かず、欲望もほどほどにして、静かに生きていく。この躺平学こそ「現代の競争社会に対する最大の武器」なのだそうだ。
そして最近では「全職児女」が流行し始めた。日本のメディアでは「専業子供」と訳している。主婦業に専念する専業主婦のように、子供業に専念するという意味である。ニート(齧老)と違うのは、両親の世話や家事などを仕事のようにこなし、両親から「給料」をもらうのである。
某家庭では、家事労働に対して、両親が4千元の「月給」を子供に支払うのだそうだ。これまで両親は家政婦さんに6千元を支払っていたため、2千元も節約したことになる。
今回の北京は6月末だったが、この時期、中国の友人たちに会うには少々間が悪い。
“英国留学の娘が卒業するので、英国まで迎えにいかなければならない”
“子供のアメリカ留学が決まった。送っていくから、夏は忙しい”
ということで、皆さん忙しいのである。
火星に行く前に、中国の苛酷な現実から“run 潤”する、つまり逃げ出す人々は多いのである。
スーパーはワンダーランド

しかし、外から中国を見ると、無視できない大きな魅力がある。それはスーパーに行けばよくわかる。
私はスーパーマーケットが大好きだ。北京でいうと、以前は外資系のスーパーでないと、 なかなか良い品にめぐり合えなかったが、 今は違う。中国資本でも、おしゃれで明るく、綺麗なスーパーが揃ってきた。
豊富な品揃えはもちろん、食品価格は国によって統制されているので、高くなったといっても、物価高感は日本ほどではない。
毎日買った「ココナッツジュース」
撮影:青樹明子
滞在期間中、 毎日行っていたスーパーでは、 朝食用の種類豊富なパンが1個6元(約140円)くらいから購入できた。果物も安く、スイカもライチも、マンゴーもふんだんに並んでいて、手ごろな値段で売られている。しかも安い。
(買わなかったが)魚介類、特に貝類の多さには目を見張る。しかも安い。
スーパー「七鮮」。魚介類コーナーは特に充実
撮影:青樹明子

そして、庶民の強い味方となっているのが、晩御飯の材料セットである。
「家常菜」と呼ばれる家庭料理、日本でも知られているものでいえば「青椒肉絲」や「回鍋肉」などといった料理の材料がワンパックになって並んでいる。肉も野菜も、あらかじめカットされているので、そのままフライパンで炒めれば出来上がりだ。

価格は1セット15~25元(約360~600円)程度なので、やはり安い。
中国ではほとんどの家庭が共働きということもあり、晩御飯は簡単に作れることが最優先である。
お惣菜コーナー。種類は豊富です
撮影:青樹明子
ランチも行く価値がある。種類は豊富、ボリューム満点だから、残業したとしても空腹に苦しむことはない。しかも安い。オフィス街では定食が1,000円以下で提供されているところも多くある。
私が(滞在期間中)頻繁に通った店では、 「干炒牛河(牛肉入り平打ち焼き米粉)」 とスイカジュースで、 69元(約1,700円)だった。
もちろん、とんでもなく高価なレストランもたくさんあるけれど、安くて美味しいものも多くあるのが、 今の北京である。外国人の私は “高考(大学入試)” に参加しなくてもいいので、 わざわざ火星に行かなくても充分楽しい。
干炒牛河、ここは北京でも人気のお店で、美味です。
スイカジュースは注文してから絞ってくれました
撮影:青樹明子

スーパー地下にはフードコートもあって、そこで人気の餃子店について、折を見てぜひご紹介させてください。
(続く)

青樹 明子
愛知県生まれ。ノンフィクション作家。
早稲田大学第一文学部卒、同大学院アジア太平洋研究科修了。
1995年より2年間北京師範大学、北京語言文化大学へ留学し、98年より北京や広州のラジオ局にて、日本語番組の制作プロデューサーやMCを務める。2014年に帰国。著書に『中国人の頭の中』『中国人が上司になる日』『日中ビジネス摩擦』『「小皇帝」世代の中国』『家計簿からみる中国 今ほんとうの姿』等。