今どき北京はこう歩く
第13回
第13回
餃子館は中国版カルチェ・ラタン?
餃子天国・大学街

初めて中国を訪れる日本人にとって、衝撃を受ける“食”は、数多くあるに違いない。天井から吊るされる北京ダック、西太后の満漢全席を彷彿とさせる超豪華な中国料理…、 しかし私は確信を持って言える。最も驚愕するのは餃子であると。
餃子こそ北京ダックより衝撃驚愕
撮影:青樹明子

私がそうだった。 1996年、 北京の弟Kくんが連れていってくれた 「餃子大王」 は、 私の常識を覆す衝撃的な中国ワンダーランドだったのである。
餃子大王はとても小さな店だった。場所は人民大学の近く、ボランティアで日本語を教えていた関係で、頻繁に通った大学街である。
不安定なテーブルと簡易な椅子、 大学の学食のような店で、 メニューは、 ほぼ餃子一択である。お通しのごとくテーブルに置かれる丸ごと一個の生ニンニクは、多くの日本人に恐れを抱かせたに違いない。
餃子のほかにはピータンをさいの目に切って豆腐に乗せた「ピータン豆腐」、乾燥させた豆腐をごま油で和え、パクチーや千切りのきゅうり、人参をトッピングさせただけの「豆腐干絲」くらいである。
しかしこの餃子一択がすごすぎた。
まずは店の人が一枚の紙を持ってくる。それは餃子の中身、つまり具のメニューで、ざっと見ても100種に近い。その中から自分の好みのものをチョイスし、組み合わせて注文する。注文を受けてから、店は初めて餃子を包むのである。つまり、客は決まった具ではなく、自分好みの餃子をオーダーすることができる。

たとえば、代表的な餃子、猪肉白菜(豚肉と白菜)も、豚肉ではなく羊にしたいなと思えば、羊肉白菜と言えばいいし、パクチー好きならパクチーと豚肉や羊肉、牛肉などと組み合わせればいい。
また、今日は肉をやめようと思えば、野菜を主体にしてみるのも可能だ。
三鮮(エビ·卵·ニラなど)、 韭菜鶏蛋(ニラと卵)がそれだが、 私がはまったのはトマトと卵だ。中国の餃子は皮が厚いから可能となる絶品である。
今、 私は、 当たり前のように餃子と言っているが、 中国でいう餃子とは、 水餃子を指している。日本の餃子は中国では “鍋貼” といって、 もともとは前日の残りの水餃子を焼いて食べたものである。日本では、 満州から引き揚げて来た方が広めたといわれている。
トマトと卵。一度食べたらハマります
撮影:青樹明子
こうした餃子専門店は、 大学街で発展していった。 Kくんが連れて行ってくれた餃子大王は、 人民大学の近くだったが、 近辺には北京理工大学、北京外国語学院、 語言学院、 もう少し北には北京大学、 清華大学もある。 当時の大学生たちにとって、 小さな餃子館は、 生のニンニクをお供に、 一杯のビールとオーダー餃子を食べ、 友人と語り合ったり議論したりする場でもあった。
中国版「カルチェ・ラタン」は大学街に点在した餃子館だったのかもしれない。
春節の主役は餃子だった
餃子は安くて美味で、腹持ちもいい。餃子専門店が、学生たちには欠かせない交流の場になるのもよくわかる。それだけでも意義ある“国民食”だが、 餃子にはほかにも大きな役割がある。家族みんなで、 餃子を包み、 食べることは、大げさにいうと、家族としてのアイデンティティを再確認する場だったのである。中国、特に北方では、餃子は「家族共同作業」の象徴ともいえる。
その代表的シーンは中国最大のイベント、旧正月「春節」である。
中国は春節前になると、 「十億人・民族大移動」などといわれるように、 普段は都会、 なかには海外で働いている人たちが、 みんな故郷に帰る。長らく離れて暮らしていた家族が集まり、全員で春節を過ごすのだが、主役となるのは餃子である。
家族みんなで、 一年間で起きた出来事を語り合いながら餃子を包む。 そして0時になると、 お年玉(紅包)を交換して、餃子を食べる。餃子は中国語では jiaozi ジァオズと発音されるが、 これは交じるの交( jiaoジァオ)に似ている。 そこで旧い年と新しい年が交じる深夜0時に食べる習慣が生まれたのだそうだ。
餃子は春節、冬至などという季節行事、また来客時や家族団らんの際に作られるイベント食という性質が濃い。中国人のソウルフードというだけではなく、 中国社会を今に伝える文化遺産のひとつかもしれない。
中国土産のコースターに描かれた、
春節の家族の光景

消えゆく餃子館
この餃子専門店が多く集まる人民大学近辺に、私は通算約5年間住んでいた。このエリアを離れた後、何度もこの地を訪れたが、残念ながら、かつての餃子専門店は激減している。それどころか、中国人の生活から手作りの餃子が消えつつあるようだ。
春節ですら例外ではない。一家団らんの象徴として、 春節の重要なシーンを彩ってきた餃子だが、 「一家」 が揃わなくなってしまったのである。子供たちは仕事が忙しく、 なかなか帰郷できない。なかには経済的に余裕ができて、 春節は海外旅行に行ってしまう人々も多くなった。
友人たちとの交流の場も、 自宅を使うことは稀になった。みんなでわいわいがやがややりながら 餃子を包む、というより外のレストランを使う方を選ぶのである。
餃子専門店も、 大手の飲食産業によるチェーン化が進んだ。 以前のような、 個人経営の小さな店から姿を変え、“喜家徳(喜家德)” “老辺餃子” “東方餃子王”などの規模の大きい店が生き残っている。
中国人の生活も都市化されている。オフィス族はデリバリーを使うし、家で餃子を食べるにしても、スーパーで冷凍ものを買う。台湾製の冷凍餃子は、種類も多いうえ実に美味なので、私も北京生活で愛用した。
学生御用達から高級料理へ
そして7月の北京。Kくん主宰の朋友食事会の前にKくんが突然聞いてくる。
「ウニ、好き?」もちろん大好物だ。
「ウニの餃子食べたい?」
私にとって、餃子は完全に庶民の食べ物なのに、具がウニ?
もちろん、食べてみたい。
するとKくんは、テイクアウトを注文してくる、と言って予約している店を出ていった。中国ではどんな高級店でも、持ち込みは自由である。

豚肉とコラボレーションされたウニはとろとろで、 たしかに美味である。 しかしながら、 ウニは生でいただくのが常の日本人としては、どこかもったいないという気持ちが先行した。
驚きのウニ餃子。
もったいなくてお味を覚えておりません
撮影:青樹明子
長らく見かけなかった餃子専門店だが、少々形を変えたものに、オフィス街のスーパー地下で遭遇した。“満姐餃子”である。
具をその場でオーダーできるわけではないし、種類も100種ということもないが、大手チェーン店にはない手作り感はある。Kくんによると、2000年代に入って、最も人気を集める店だという。
招牌餃子と呼ばれる最も人気の高い餃子は、豚肉・ニラ・卵・エビが具になっている。
今では大きなチェーン店に発展したが、もともとは家族で始めた餃子館で、やはり学生街の近くだったらしい。
満姐餃子の一番人気 “招牌餃子”
撮影:青樹明子

“満姐餃子”の成功例から考えても、あの日の餃子専門店が中国人の心の中から消えることはなく、生活様式がどんなに変わろうとも、餃子は中国人のソウルフードである。そして同じく、私の記憶の中でも、あの日の「餃子大王」は、楽しかった日々の思い出とともに、ずっと残っていくに違いない。
(続く)

青樹 明子
愛知県生まれ。ノンフィクション作家。
早稲田大学第一文学部卒、同大学院アジア太平洋研究科修了。
1995年より2年間北京師範大学、北京語言文化大学へ留学し、98年より北京や広州のラジオ局にて、日本語番組の制作プロデューサーやMCを務める。2014年に帰国。著書に『中国人の頭の中』『中国人が上司になる日』『日中ビジネス摩擦』『「小皇帝」世代の中国』『家計簿からみる中国 今ほんとうの姿』等。