今どき北京はこう歩く
第8回

 10年ほど前になるが、北京で私の住んでいたアパートは、 中国外務省の近くだった。 しかし、 タクシーの運転手さんも含め、 普通の人々に「外務省の近く」と言ってもピンと来ないらしい。そこで、「丸亀製麺の隣よ」と言い直すと、「ああ、あそこね」と、だいたい納得してくれる。

 有名なんだ…、丸亀製麺。

 アパートの隣だった関係で、私もしばしば寄らせていただいていたが、メニューは相当現地化していた印象が強い。 サイドメニューの天麩羅は大きさが特大級、 色が真っ赤の麻辣うどんもある。「タイ式」 スパイシーうどん、 トマトチキンうどん(美味しそう!)など 独自のメニューも人気である。

 丸亀製麺は2022年8月に中国から撤退したが、最近になって再進出という情報もあるようだ。

 丸亀製麺だけじゃない。

 ある日、友人に指定されたその日本料理レストランに行くと、とにかく驚いた。何だ、この人だかりは?20人か30人はいる。行列にはなっていないが、行列である。店側が提供したのだろうか、 パイプ椅子がいくつも並べられ、 グループごとに輪を作って雑談しながら順番を待つ。 まるで人気の火鍋店みたいだ。

 店の人に何分待ちか尋ねると、「2時間以上ですかねえ」。事もなげに言う。

 とても待てない!お店を変えなくては、と思っていると、友人がやってきた。

「ごめん、ごめん。さあ行こう。予約してあるからね」

 ああ、よかった。

 当時、 日中関係も影響していて、 北京の街から日本人が減りつつある時だった。 当然、 日本食レストランに通う日本人も減る。 そんななか、 2時間も行列ができる日本食レストランがあるとは、実に意外だった。

 中国人に「どこの日本料理レストランが好き?」と尋ねると、よく名前が挙がるのが「将太無二」である。つまり、この店だ。 ファストフードではない。高級日本料理店の部類に入る。

 「将太無二」の人気のメニューは、中国人が大好きなお寿司である。 しかし、 ここのお寿司はたいそう変わっている。 カリフォルニアロールに代表されるようなアメリカ式巻き寿司に、 より工夫を凝らした創作寿司である。

 たとえば、「飛越CBD*巻」、日本語に訳せば「ビジネス街を飛び越える巻き寿司」か。

 * CBD(Central Business District):中心業務地区。都心のビジネス街・商業地区

 太巻きの一種で、具には海苔が巻かれたサツマイモ、上からご飯を巻き、トッピングはイクラで、仕上げにソースをかける。ソースはほんのり甘く、女性にすこぶる評判がいい。

 「秋の童話」も若者に好まれている巻き寿司だ。山芋、天かす、アボカドをご飯で巻き、サーモンをトッピングして、サウザンアイランド風のドレッシングで仕上げをする。

 日本では絶対に見られない「将太無二」の寿司メニューだが、中国人には 「日本の寿司」 と認識されていて大人気である。 経営者は日本人ではなく、 カナダ在住の華僑とのことだ。つまり、アメリカで誕生したアメリカ式巻き寿司に、 中国人好みのアレンジを加えた創作「日本料理」なのである。

 政治の衝突を超越するほど大人気の日本料理だが、正しい日本の味と日本文化を伝える日本料理店はもちろん数に限りがある。 大部分は、中国人による、中国人のための 「日式レストラン」 だ。

 中国語で 「日式」 といえば 「日本風の」 という意味で、 時に奇妙なメニューが登場する。以下の例は、私が北京に住んでいた頃に実際に体験したメニューである。

 ○○家という日本料理店のカツ丼は、玉葱と共に、ピーマン、ニンジン、ブロッコリーなど、日本では絶対入らない野菜が混じる。しかもご飯は大量のだし汁でお茶漬け状態と化し、スプーンで掬って食べなければならない。

 松○○という日本料理店では、お刺身とお好み焼き以外は、ビビンバやチヂミ、チゲ類が大半を占める。韓国料理と日本料理が混在する「日式餐庁」だ。

 「日式餐庁」の多くは、日本の雰囲気を演出するため、いろいろ工夫を凝らす。日本人形が飾られ、障子がはまり、奴凧が天井に舞う。確かにこれは日本文化だ。

 しかし受け入れ難いのは、従業員のコスチュームである。正統派の和服は少なく、その多くは浴衣か化学繊維の簡易風着物である。 時には、お太鼓を模しているのだろうか、四角いボール紙に布を貼りつけたものを背負っていることもある。

 もっと受け入れ難いのは、着方である。衿を思いっきり抜いて、鎖骨が派手に露出し、まるで江戸時代の遊女のようだ。

 日本料理店でアルバイトをするのは、 日本語を勉強中の学生が多い。 店の片隅で、料理の日本語を一生懸命暗記している若い女子学生たちに、遊女風の簡易着物を着させるのは酷である。

 海外の日本料理店は、文化交流の最前線である。文化は正しい形で伝えるべきだ。 スープカツ丼を、日本料理として外国人に提供するのはいかがなものか……。
 という思いとは大きく矛盾するが、現地化した日本料理は、等身大と違った形で、日本好きを増やしていることも事実である。

 ちなみに私は、 将太無二の「秋の童話」が大好きだった。 日本にはない甘いお寿司、 北京の日々を思い返しつつ、 ときどき無性に食べたくなる。 また食べに行きたいと強く思う。

青樹 明子

愛知県生まれ。ノンフィクション作家。
早稲田大学第一文学部卒、同大学院アジア太平洋研究科修了。
1995年より2年間北京師範大学、北京語言文化大学へ留学し、98年より北京や広州のラジオ局にて、日本語番組の制作プロデューサーやMCを務める。2014年に帰国。著書に『中国人の頭の中』『中国人が上司になる日』『日中ビジネス摩擦』『「小皇帝」世代の中国』『家計簿からみる中国 今ほんとうの姿』等。

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